北條聡(サッカーライター)コラム

COLUMN2022.2.26

北條聡(サッカーライター)コラム

後ろに『羅針盤』あり

アルベル新監督によれば、チームの完成度は20%らしい。ただ、肝心の土台は想像以上にしっかりしているように見えた。

初陣の話である。

土台についての解釈はいろいろとあるが、この項で触れる土台とはズバリ、後ろのことである。4人のバックスだ。

いつの頃からかディフェンダー(=DF)という呼称が一般化したが、時代錯誤も甚だしい。もはや彼らの仕事は守りだけではなくなっている。ことあるごとに「ボールを愛せ」と説くアルベル式フットボールの実装を試みるなら、なおさらそうだ。

とりわけ、注目していたのが後ろのトライアングル。2人のセンターバックと、彼らの手前に陣取るピボットの働きだった。新顔のエンリケ トレヴィザンと木本恭生、そしてベテランの青木拓矢である。


結論から言えば、上々の出来映えだったと思う。確かに立ち上がりの20分間は防戦に回ったが、4人のバックスを中心にあの苦しい時間帯をしのいだことで、ゲームの流れをたぐり寄せたと言ってもいい。

地味ながら効いていたのが、トレヴィザンと木本によるラインアップ(押し上げ)だ。執ように背後を突かれ、危ない場面をつくられながらも、常に中盤との距離を詰め、狭い囲いを維持し、ライン間でのひと仕事を企む厄介者たちを危険地帯から締め出した。


バックスが安易にラインを下げていたら、相手の思うツボだったはずだ。裏抜けを許した場面ではトレヴィザンの鋭いカバーリングが光っている。危機察知能力や球際の強さは水準以上か。セットプレーの際にマークしていたレアンドロ ダミアンに決勝点を許しており、本人は不本意だろう。ただ、それ以外の白兵戦では一歩も引かぬ立ち回り。この日の対応がアベレージなら、ハイラインで戦うメドが十分に立ちそうだ。

<ピンチを防ぐエンリケ トレヴィザン選手のブロック>


いや、バックスの好印象は守りだけではない。肝心要のビルドアップも期待のふくらむものだった。立ち上がりこそバタついたが、時間を追うごとにパスの速度、精度が上がっていた。ライン間の味方へねじ込む縦パスや外に開いた味方につける斜めのパスを放つなど種類も多彩。球離れもよく、指揮官の教えどおり、パスワークのテンポを上げる狙いが見て取れた。前半の半ば以降、効率よく攻める機会が増えたのも、2人のセンターバックの働きによるところが大きい。

アルベル式フットボールの看板と言えば、各々が適切な立ち位置を取りながらボールを前進させるポジショナルプレーにある。敵を出し抜く位置取りの利も、後ろからタイミングよく好パスが入ってこそ生きる。その始点が後ろのトライアングルなのだ。


アルベル式に限らず、現代フットボールの作法は手を使う球技のそれに近い。羅針盤は最深部にある。バスケットボールのポイントガードがそうだ。その役割をセンターバックやピボットに託す時代。彼らの適不適、出来不出来がチームの命運を大きく左右すると言ってもいい。

近年はバックスの守備力が十分でもビルドアップに問題を抱えれば、失点のリスクが高まる厄介な事態になっている。守備側の前線からの圧力が強まり、逆襲どころか、ボールを失って即失点というケースも少なくないのだ。だからこそ、後ろにプレス回避の安全弁を持つチームは強い。トレヴィザンと木本の補強は理に適ったものだろう。

<チャンスの起点となる木本選手からの斜めのパス>


また、2人のセンターバックが実力の一端を示したことで、重鎮の森重真人をピボットで使いやすくなったのも好材料。このポジションで先発した青木の出来では物足りないという話ではない。浦和レッズが2017年にAFCチャンピオンズリーグを制した際には同じ4-3-3のピボットを担い、ベンチの期待に沿う働きを見せていた。ただ、攻守問わず、重要な仕事を担う役回りだけに選択肢が多いに越したことはない。

粗を探すなら、ゴールキーパーを絡めたビルドアップか。もっとも、ヤクブ スウォビィクはその点も考慮に入れて獲得した人材ではないだろう。敵のハイプレスの強度が高い時間帯ではゴールキーパーへのバックパスを最小限に抑え、ライン裏へのロングボールを増やすなど、割り切った選択が必要かもしれない。

ともあれ、未知数だった最後尾のトライアングルが一定の成果を上げ、今後の見通しが明るくなったと言える。何事も最初が肝心と言うが、確かに初手(ビルドアップ)でつまずけば、ポジショナルプレーも何もない。その意味でも『後ろの羅針盤』を手に入れたのは何よりの収穫。当然、試行錯誤はあるにしてもアルベルトーキョーに正しい針路を指し示す――そんな妄想がふくらむばかりだ。


Text by 北條聡(サッカーライター)