「戦術とは優れた配置から生まれる」
ポジショナルプレーとは
5月8日のサガン鳥栖との一戦を前に、何とも難しいお題が回ってきた。この「ポジショナル対ポジショナル」を描くために中盤の選手たちの声を拾い集め、新たなスタイルの現状とこの先を紐解く試みだ。
まずはあらためて「ポジショナルプレーってそもそも何?」ってことなのだが、これはチェスの世界で生まれた一種の概念だ。目の前の駒を取った、取られたではなく、盤上のどのエリアをどう支配して最終的に王手まで持っていくかの考え方だという。うーん、なんだか難しそうだ。
でも、こう考えれば、ずっと簡単だ。近所の腕自慢のおじちゃんをチェスで負かすために、子どものころ必死に考えたあの作戦だと思えばいい。序盤にポーンを奪わせておいて、油断させたところで相手のクイーンをぶんどるアレだ。それを理解するのに、とっておきの映画がある。
それがチェスプレーヤーのジョシュ ウェイツキンの少年時代の実話を元にした映画『ボビー・フィッシャーを探して』だ。本作では異なる2人のコーチからチェスの攻撃と守備、楽しさと難しさを教わる少年の成長譚が描かれている。『マトリックス』のモーフィアス役で知られるラリー フィッシュバーンが最高にクールで、母親役を演じたジョアン アレンの愛の深さは心に染みる。もしも自分の子どもが何かに夢中になっているのなら、その両親はきっと見るべき映画の一つだと思う。本当はまだまだ話し足りないが、この映画の題名にもあるブルックリン生まれの名プレーヤーが残した言葉がある。
「戦術とは優れた配置から生まれる」
ボビー フィッシャーから語られたこの名言こそ、ポジショナルプレーという概念を示したフレーズとして知られている。異なる駒のそれぞれの特性と、数的、質的、位置的の3つの優位性を確保して盤上で駒を操り、数手先を読んでチェックメイトに向けた戦略を練り上げる。これをサッカーに置き換えれば、選手の特長と、3つの優位性を生かして立ち位置を変え、ゴールを目指す戦術を描く、となる。だから、ポジショナルプレーを目指すチームの戦い方や、チーム設計は在籍する選手の特長によって大きく異なるのだ。
では、アルベル プッチ オルトネダ監督とともに目指す首都クラブのポジショナルプレーとは? 始動日からの歩みを振り返る中で、まずは開幕前の練習試合でさまざまな実験的選手起用が行われていたことに触れなければいけない。その中で、ある選手を『偽9番』で試したり、渡辺凌磨をサイドバックにコンバートしたのもひとつの例だ。そうしたテストを経て現在の主力に落ち着いたと言えるだろう。
ここからは、中盤の青木拓矢、安部柊斗、松木玖生の言葉を借りながら具体的なプレーモデルの話に入っていく。青木はアルベル監督が目指すスタイルの実像をこう証言する。
「監督がキャンプ中から求めていることや、話を聞けば、非常にシンプルなことだったので難しくはないなという感覚でした」
理解しなければいけないのは、アルベル監督が選手たちに伝えていることは決して難解ではなく、非常にシンプルだという点だ。攻撃はトライアングル(三角形の関係)が基盤となるが、ダイヤモンド(できた三角形の頂点にボールをつける選手を合わせた4人の菱形の関係)も重要になっている。そこから当てて落としてのポストプレーを繰り返し、常に前向きな選手にボールを届けながらチーム全体を前進させていく。それを中央のルートではなく、サイドからの外回しでボールを運んで相手を敵陣に押し込むのが理想だ。松木は「一番心掛けていることは監督もよく言うことですが、後ろ向きで前が見えない状況なら簡単にワンタッチで落とすこと。非常にシンプルなことが多いので、そこは一つひとつ頭で考えながらサッカーをしている」と言葉にする。
一方で、そこにプレーのテンポが伴わず、試合中に敵の追っ手から逃れられない場面もまだまだ散見している。そこで相手のプレスを回避するために中長距離のパスを活用している。青木は「どうしても外回しとなったときに、(相手のプレスに)はまってくるポジションがある。そうなったときに後ろの2枚(のセンターバック)が蹴れるので、インサイドハーフの2人には長いボールを出したときにセカンドボールを拾いに行ける距離にいてほしいと話している。蹴った後の拾いに行く立ち位置と、後ろからつなぐ時で立ち位置をもっとスムーズに変更できたら最高だと思う」と言う。
そして、ここに安部は「自陣にボールがある場合はビルドアップに参加することを意識しているが、ボールがハーフラインを越してからは二列目からの飛び出しを意識して落ちすぎないようにと言われている。背後のスペースを狙いつつ、フォワードに入った落としももらえる立ち位置を意識している」と、補足する。ビルドアップの基本構造や現状は、こういったところだろう。
次に守備については相手によって守り方も変わるが、基本は即時奪回が理想だ。攻守の切り替えや、球際の強さはこれまで通り変わらぬ強みとしてチームに存在している。だからこそ、安部は「基本的にはハイプレスを掛けてショートカウンターというカタチは継続させていきたい。自陣に入ったら(長谷川)健太さんの名残でブロックを敷いてしまう。そこは監督が嫌うので、ボールに人がアタックし続ける状態にしたい。その場合は自分か、玖生が出ることを意識している」と口にする。
もう一方で、両ウイングが外切りをし、中央へとおびき寄せてインターセプトを狙う守り方もある。そこでも中盤3枚のタスクは多い。
「外切りして行く場合はウイングが相手サイドバック(SB)を捨ててプレスにいっていることになる。だから、相手SBのところは自分たちがカバーしないといけない。それと(東京の)前線は相当足の速い選手がプレスに行っているので相手も焦る。そこで、中につけるボールをどれだけ回収できるかどうかになってくる。相手の目線や、ここに出すだろうなって予測をする。インターセプトを第一に狙って、そこから自分と柊斗君が前向きに動いて拓矢さんで回収するカタチになる。でも、なるべく拓矢さんの移動距離を多くさせないように守備をしている」(松木)。
どのポジションも攻守で強度と運動量が求められている。アルベル監督が始動からここまでで見いだした現状の最適解が、メンバー選考にも強く反映されていると言えるだろう。だからこそ、ここまで象徴的な働きをしている安部と、松木がインサイドハーフのファーストチョイスになっていることが分かってもらえるはずだ。
頭から煙が出始めたので、前編はここまで。
後編ではチェックメイト、つまりゴールの奪い方と、今後の考察を3選手のコメントで深掘りしていく。これはネタバレになるのだが、僕はフィッシャーの名言「戦術とは優れた配置から生まれる」と、映画の中で成長していったジョシュの姿がカギになると思っている。
Text by 馬場康平(フリーライター)