渡邊凌磨、右サイドバックからの視線。「いいサッカーをして負けるって、意味がわからない」の純真
右サイドのふるまい
川崎フロンターレとの開幕戦を終えて、サッカーマガジンWebに『「青赤アルベル革命」が描く夢。川崎Fを相手に見せた「20%」の現在地が未来に示すものとは』というコラムを掲載しました。ここでは、そのつづきを少し。
不思議なご縁をいただいて、アルビレックス新潟について定点観測しては新潟のメディアに書かせていただく、ということを、かれこれ6年ほど続けています。アルベル監督の新潟での2年間も、それは楽しく見てきました。FC東京でもその蠱惑的(こわくてき)なフットボールに触れることができるようになったわけで、何という眼福。
上記のコラムは主に、開幕戦における右サイドのふるまいをテーマにしています。レアンドロの動きと松木玖生の賢さ、そして右サイドバックにコンバートされた渡邊凌磨のタスクについてです。
練習初日の会見で、アルベル監督に「美味しいワインを持ってくれば、秘密を教えてあげよう」と言われました。このコラムを担当させていただくにあたって、その右サイドに組み込んだ仕掛けについてじっくり聞きたくなり、ボルドーの1本でも差し入れにいこうと思いました。でも、こんなご時世です。別の秘密を聞くときのために取っておくことにしました。
上記のコラムでは詳しく触れることのできなかった、「渡邊凌磨」の意味について、少し考えてみたいと思います(そういえば、彼もかつては新潟でプレーしていました)。
第3の男
渡邊凌磨は2013年のU-17ワールドカップでU-17日本代表の中心として活躍したり、前橋育英高校で全国高校サッカー選手権大会に準優勝したり、ドイツのインゴルシュタットにも所属するなどのキャリアを持つ攻撃的MFです。豊富な運動量と確かな技術を併せ持つ個性を、アルベル監督はサイドバックにコンバートすることで生かそうと考えて、沖縄キャンプで試してきたといいます。
開幕戦はアルベル監督の言葉を借りるまでもなく、序盤は落ち着きがなく、しかし次第に川崎フロンターレを押し返してチャンスを何度も作りました。渡邊凌磨は右サイドバックとして先発し、11人の中で、本来のポジションとは異なる役割を与えられた唯一の選手でした。
「序盤にバタついた印象はありますけど、僕の中では想定内でした。だから、そこに関しての反省は僕の中ではないんです」と渡邊凌磨は冷静に振り返ります。「その時間が終わったときに自分たちのサッカーが徐々にできるようになっていき、後半につながりました。だから、全体的に悲観するところはなかったと思っています」とも。
実際、序盤は渡邊凌磨の背後を何度も破られています。川崎フロンターレの左ウイングは俊足自慢のマルシーニョ。「純正サイドバック」でも対応に苦労するドリブラーです。「急きょプレーしたことはあったけれど、きちんとサイドバックとして入ったのは初めてだった」というから、「負担をかけるのも想定内」だったと言います。背後を取られて焦りを覚えるのではなく、可能性の一つとして準備してピッチの上で切り替えることができるのは、この人ならではの強いメンタリティーの表れでしょう。
一方で攻撃はどうかというと、「攻撃できなかったら、自分がいる意味がない」と断言します。右サイドはレアンドロが中央に寄れば松木が外に出ていき、レアンドロが外に出れば松木が中央へ、と「レアンドロきっかけ」のテンポで進んでいきました。しかし、これだけでは川崎Fは崩せない。そこで背番号23が「第3の男」として関わることになります。
17分、36分、39分
そもそも渡邊凌磨がサイドバックにコンバートされたのは、ボールを保持するためにその技術力が必要だからと考えられます(アルベル監督に聞きたい一つ目の秘密はこれ!)。確実にボールを運んでいくためには、最終ラインに技術の高い選手を好んで起用する。アルベル監督がアルビレックス新潟で実践してきたことです。
守備のことだけを考えれば、マルシーニョの突破力と渡邊凌磨の守備の技術はミスマッチ。しかし、アルベル監督はこれまでの2年間でもまず自分たちのめざす戦い方で挑むスタイルでした。FC東京とアルビレックス新潟を直接的に比較することはできないけれど、それでも木本恭生やエンリケ トレヴィザンとしっかりボールを蹴ることのできるセンターバックを補強したのもうなずけます。
攻撃では、サイドバックとしての渡邊凌磨の可能性を感じさせた、主に3つのシーンがあります。17分と36分はそっくりで、どちらも左から中央のレアンドロにボールが入るのを予測して、最高のタイミングで右オープンスペースにするすると走り出していったのです。
<17分のシーン>
<36分のシーン>
もう一つが39分頃の立ち位置です。レアンドロが幅を取り、渡邊凌磨がインサイドを駆け抜けて本来の攻撃的なポジションに入っていき、松木玖生がその2人をサポートするように低い位置で構えました。松木玖生は試合後に「凌磨くんとは守備で行くところと行かないところなど、キャンプから話し合ってきた」と明かしていますから、このローテーションはコミュニケーションの成果だったことがうかがえます。
<39分のシーン>
「川崎相手だったけれど、もっとやっていかなければいけないところはたくさんあります。確認しなければいけないことはたくさんあるけれど、自分の中ではそれも想定済みです」という56分間。長友佑都に代わってピッチを去り、「技巧派サイドバック」としての第一歩はこうして終わりました。
(余談ですが、日本代表の左サイドバックを右サイドバックで起用するというアルベル監督の采配も、聞いてみたい秘密の一つです)
アルベル監督はベンチの前で、渡邊凌磨の頭をきつく抱き寄せました。
渡邊凌磨は前向きです。
「これは、結果を残すためのサッカーだと思っています。結果は出なかったけれど、うまくいってるからいいよね、というのは、これで終わりだと思うんです。これからは勝ったからいいサッカーをしているね、と変わってくると思います。いいサッカーをして負けるって、意味がわからないですもんね。勝つからいいサッカーなんだ、という順序は、僕たちは忘れてはいけない」
勝つためのサッカー。渡邊凌磨の右サイドバック起用も、だから、勝つためのコンバートだというわけです。この秘密だけは、ワインを贈らなくても分かった気がします。
Text by 平澤大輔(サッカーマガジンWeb)