有備無患。白井康介にはこの言葉が良く似合う。
会話のなかには常に “準備”というワードが登場する。だがそれは、決して口先だけではない。
「身体のキレは昨シーズンより遥かに良いです」。そう話してくれたのはシーズン開幕前の沖縄キャンプの時だった。実際、沖縄で行われた今シーズン最初の練習試合 FC琉球戦では得点も記録している。本人の手応えのほどは結果にも徐々に表れはじめていた。
昨シーズンと比べ、チーム戦術の理解に頭も身体も整理が進んでいるように見えた。状況に応じて内側と外側のポジションを使い分け、ボールを受ける位置を工夫したり、持ち前のスプリントでサイドに厚みをもたらしていく。
2月24日、2024シーズンの明治安田J1リーグが開幕した。開幕戦のセレッソ大阪との試合ではベンチ入りこそしたが、終盤にクローザーとして8分間の出場にとどまった。のちに1年3カ月ぶりに日本代表復帰を果たすことになる長友佑都選手の牙城は崩せず、第5節の川崎フロンターレ戦までわずか1試合の出場と、自身のコンディションと相反して、個が際立つサイドバックのポジション争いで一歩後退してしまった。
しかし、チャンスは突然訪れた。
4月3日、第6節の浦和レッズ戦、前半30分のことだった。中村帆高選手が負傷交代を余儀なくされ、同ポジションの白井選手が緊急出場することになる。
相手に先制点を許し、緊張感が漂うピッチ。サイドバックというポジション柄、攻守におけるタスクも多い。しかしながら、白井はピッチに立つと素早くアジャストした。
「チャンスが来た時のために100パーセントの準備をし続けてきました。ベンチで試合を見ながら、まずは相手のサイド攻撃をうまく抑えることを意識しました」という言葉のとおり、サイドを起点に攻撃を仕掛ける浦和に対して冷静に対処。大きなピンチを迎えることなく、2-1の逆転勝利に大きく貢献した。
――スプリンターの矜持。電光石火のカウンター。
第8節の東京ヴェルディ戦、第10節のアルビレックス新潟戦では、白井選手の真骨頂が観衆を沸かせた。
0-2かつ数的不利の状況で迎えたヴェルディ戦の後半24分。一瞬の隙を見逃さなかった。
サイドに流れた相手選手に対して差し込まれたパスのズレを見逃さず、自陣からスプリントをかける。狙い通りのタイミングでインターセプトすると、右サイドを約50メートル独走。“そこしかない”と言わんばかりのコースにグラウンダーの強い横パスを素早く供給すると、遠藤渓太選手がゴール左隅へうまく流し込んだ。
インターセプトからゴールまでの過程はまさに狙い通り。得点演出までを逆算した“準備”が功を奏した瞬間だった。
新潟戦では、ディエゴ オリヴェイラ選手のポストプレーに素早く反応。ロングスプリントを活かして右サイドを独走すると、相手の追随を許すことなく駆け上がり、仲川輝人選手のゴールをアシストした。後半に入ると、サイドバックながらボックス正面の位置でボール受け、右足を一閃。アウトサイドにかけたミドルシュートは相手ゴールキーパーから逃げる弾道でゴールに流れ込み、加入後初、自身5シーズンぶりのゴールを記録した。
どちらのショートカウンターも自身の特長であるスプリント能力を存分に活かした攻撃参加だった。
――何度だって立ち上がる。
大阪桐蔭高校を卒業し、厳しいプロサッカー選手の世界に飛び込んだ男も、気付くとプロキャリアの12シーズン目に突入した。5月1日の誕生日を経て、30歳という一つの節目を迎える。
これまでのキャリアを「失敗や挫折を何度も繰り返してきました。何事もうまくいく時間を過ごした方が遥かに少ないです」と振り返る。
「だからこそ、ビジョンを明確に持つこと、課題から目を背けず向き合うことが大切で、それが最終的に成功や成長に繋がると信じています」。挫折から何度も立ち上がってきた努力の結晶が今まさに、輝きを放ち始めようとしている。
30歳最初の試合は昨シーズン途中まで所属していた京都サンガF.C.との一戦。不思議な巡り合わせもあるのか、自らの誕生日を祝い、ホーム味の素スタジアムに今シーズン初勝利をもたらすには絶好の相手だ。
有備無患――。
最高の準備が最高の瞬間を東京にもたらす。