2023年度決算報告と<br />
クラブの現在地(後編)

INTERVIEW2024.6.24

2023年度決算報告と
クラブの現在地(後編)

5月21日に発表されたFC東京の2023年度決算報告。営業売上はクラブ史上最高となる59.29億円を記録し、前年比でプラス6.6億円という伸び方を達成した。その一方で4年続けての赤字計上という現状もある。

果たしてそこにはいかなる取り組みがあったのか。そしてコロナ禍からの完全脱却、そして未来を見据えたクラブの現在地とは。

後編ではエンブレム変更の現状、そしてビジネスと強化の両輪などについて川岸滋也社長に話を聞いた。

取材・構成=佐藤 景(フリーライター)



──2024シーズンからクラブエンブレムが新しくなりました。その経緯と効果について、あらためて教えてください。
川岸 私が社長に就任して感じたのは、ゴール設定がクラブ内で曖昧だったということです。ファン・サポーターの方々についても「J1リーグで優勝する」という目標は一致していても、どういうクラブになってほしいのかという部分では様々な声がありました。そこで2023シーズン初頭に『FC東京VISION2030』を策定し、クラブのあり方を含めてゴール設定を共有しました。

エンブレム変更については、私が社長に就任した際には一切考えになかったのですが、VISION2030を策定するなかで、エンブレムの在り方についても考えることになりました。VISION2030達成に向けてやるべきことがたくさんあります。そこでエンブレムを変えて前進していく覚悟を内外に示し、チャレンジをしようという結論に至りました。デザインには「継承と革新」という意味が込められています。あるサポーターの方には「批判があると分かっているなかで、それでもやるのだから相当な覚悟を感じます」と言ってもらえました。クラブとしてゴールを再設定するなかで、クラブ創立25周年というタイミングでもあり、次の四半世紀へ新たな一歩を踏み出そうと考えての取り組みでした。


──新エンブレムを採用した現在の状況については、どのように感じていますか。
川岸 すべての方々に納得いただいているとは思いませんが、少しずつ受け入れられているとも感じています。実際にグッズを手に取っていただく機会は増えていますし、2024シーズンのユニフォームは2023シーズンの同時期と比較しても格段に売れています。スタジアムでの販売についてもかつてない数字が出ていて、その点でも想定以上のスタートが切れました。まだ、新エンブレムを活用したこなれた商品も多くはないので、徐々に商品開発も進めていきます。これからもクラブの覚悟と活動状況を見ていただき、いつかすべての方々に納得いただけるように進んでいきたいと思っています。


──ユニフォーム販売が増えているのは昨年度から続く傾向だと思います。2024年度はさらなる増収となる可能性がありますか。
川岸 どのクラブにおいてもグッズ売上の多くを占めるのはユニフォームです。これは取締役会長の大金(直樹)とも話したことですが、これまでFC東京は青か赤のアイテムを着けて応援しようというカルチャーがあったと聞いています。私が就任する前から皆さんにユニフォームを着て応援してもらえるように考えて取り組んできましたが、その成果がここにきて実り始めている。実はコロナ禍においてもグッズ販売はじわりと伸びていて、コロナ禍を抜けて昨シーズンにジャンプアップしました。そして今シーズンはさらにもう一つ上の段階に上がることができそうです。





──グッズ販売は計画していた以上の数字の着地が見込めるのでしょうか。
川岸 2023年度は6億円という数字でしたが、それは上回ると思います。ただ、浦和レッズが発表した決算ではグッズ収入が16.5億でした。上には上がいます。可能性をしっかり認識しながら、まずは9〜10億円あたりをめざしていきたいですね。


──『VISION2030』のなかで、2023年は「コロナ禍からの脱却」という位置づけでした。この一年間については、どう総括されていますか。
川岸 想定よりも早く“回復”することができました。コロナ禍の凹みは相当に大きいもので、2019年度に56億円あった売上が、2020年度は46億円まで落ち込んでいます。2022年度に社長に就任した時には、どこまで戻るのかと不安に思ったものです。そういう状況でしたから2022年度と2023年度は、まずはコロナ前の2019年度と同レベルまで売上を戻すフェーズと考えていました。

ところが2023年度で2019年度を超えることができた。当初は2024年度以降だと考えていた『VISION2030』における“フェーズ2”の再成長期に、2023年度時点で入ったと言って良いと思います。ただし、コロナ前のものをすべて取り戻しているわけではない点もしっかり把握する必要があります。



──それはどういう意味でしょうか。
川岸 コロナ前との比較では、集客については2019シーズンの93パーセント程度しか戻っていません。そして中身を検証すると、かなり入れ替わっていることが分かりました。つまり、2019シーズン頃にいた人たちの93パーセントが戻ってきたわけではなく、新しい人たちが来場した上で93パーセントになっているということです。この事実は各クラブで共有しているものでもあるのですが、その点は冷静に受け止めなければなりません。


──これからも新規顧客を取り込むのは非常に難しいタスクだと思いますが、例えば国立競技場での試合開催は、大きな効果があるのでしょうか。
川岸 2022シーズンから数えて、国立競技場ではすでに6試合を開催しました。その効果は確実に出ています。JリーグIDでFC東京を登録していただいている数は間もなく60万人に達します。これはJリーグでもダントツの数字で、多くは国立開催に向けた施策で登録いただいた方です。居住地を分析すると、味の素スタジアムの開催時よりも明らかに東京の東側に寄っている。これまで我々が出会ったことのない方々にアプローチできているという点で、国立での試合開催は重要な機会と言えます。



──新規顧客をリピーターにするためには、中核となるサッカーそのものの魅力向上も無視できないと思います。その魅力をまだ届いていない人に伝えていくことと、チームが実践するサッカーの魅力を高めていくことは両輪であり、順番をつけるものではないかもしれませんが、その点についてはどう考えていますか。
川岸 まず当然のこととしてプロスポーツクラブは、チームのパフォーマンスそのものが価値になります。FC東京で言えば、サッカークラブですから、サッカーの中身と結果、選手の存在とネームバリューがクラブの価値の源泉になる。ビジネススタッフは、その価値をいかにお金に変え、再投資できるようにするかが仕事です。ピッチから発信されるもの、すなわちパフォーマンスが重要なのは明白で、これは決して動かすことのできない事実です。そこに対して投資を怠らないということも大原則になります。

私が社長に就任した当初はサッカーについて門外漢なので、その面ですぐに何をすれば良いかが分かりませんでした。一方でビジネス面については、改善点をすぐに把握できた。ですから、手を付けられるビジネス面の改善に注力したわけです。その結果、2年間で60億円近くまで売上を伸ばすことができた。とはいえ、個人的な感覚として、ビジネス面は伸び切っているとも感じています。ビジネスサイドで高めていける最大値に近いところまできたという感覚もあります。先ほども話したとおり、クラブのブランド価値はサッカーによって作られる。そうなると次の段階は、やはりサッカーのパフォーマンスでもう一段階上がらなければいけない。セオリーはサッカーで歯車を回してビジネスで回収する形。これまで競技面が手つかずだったわけではありませんが、今シーズンからはより積極的に取り組もうと考え、実際に動き出しています。


──具体的にはどういう取り組みを始めているのでしょうか。
川岸 昨シーズンは明治安田生命J1リーグで11位という結果で、当然ながら満足できる成績ではありません。競技面は間違いなく改善していかなければならない。ただ難しいのは、この分野はすべてが“人”だという点です。例えばアナリストがいて、色々な分析システムを導入したとして、それをアレンジするのも、ピッチで表現するのも人です。そう考えると、ものすごくアナログな世界なわけで、だからこそ難しい。選手のパフォーマンスを上げるのもやっぱり人で、であればベースとなる「人」に投資することが必要になる。もちろん現場の意向を汲んだ上なのですが、具体的にはサッカー面に関わる現場スタッフを増員しました。



──練習を取材するとスタッフの数が多く、声も出ていて、これまで以上の活気を感じます。
川岸 もちろん、単に人を増やせばすぐに結果につながるほど簡単ではないことは承知しています。そこは逐一、しっかりと状況を見極めていかねばなりません。もう一つ、これは小原光城ゼネラルマネージャーとも話したことですが、スポーツはメンタルによるところが大きく、なかでもFC東京は浮き沈みが激しいと感じていました。好不調の波をなるべく小さくして、高いレベルを維持していくためにメンタルをサポートできるスタッフを加えています。

競技パフォーマンスの向上に関してクラブとしてサポートできることは、基本的に人と環境への投資です。そこで今回はまずスタッフの増強を行いました。これまで以上にきめ細やかに選手、チームをサポートできる体制が整ってきたと思っています。


──選手補強という側面についてはどうでしょうか。昨シーズンの順位表を見ると、2022年度のトップチームの人件費1位のヴィッセル神戸、2位の横浜F・マリノスがそのままリーグ1位と2位という結果になりました。FC東京の人件費は25億3800万円で全体9位。ヨーロッパ主要リーグにも同様のケースは多いですが、その点についてはどう考えていますか。
川岸 まさにそのとおりだと思います。いろいろ分析を進めても、人件費と順位には間違いなく相関関係があります。我々の強化費がリーグで9番目であることは認識していますし、そこはクラブの課題として上げていきたい部分。そのためにビジネス側として売上を上げることに注力しているわけで、しっかりとした組織を作って投資できるようにしたいと思っています。


ただし。その一方でこれはある程度の時間が必要になることでもあります。ですから早いタイミングでもう一段上がるためにできることをやらなければいけないとも感じています。経営基盤を強くして、どこかでジャンプアップできるような状況を作りたい。もちろん勝負をかけて一年で終わってしまうようではいけないので、ベースを大きくしていきながら勝負どころを見極めていきたいとも思っています。現時点でファン・サポーターの方々に何かをお約束できるものはないのですが、そういった方針を検討していることはお伝えさせてください。


──最後に、ファン・サポーターにメッセージをお願いします。
川岸 エンブレムの変更も含めてクラブ創設期からの伝統が変わり、皆さんが様々な感じ方や思いを抱いたことで、昨シーズンはFC東京ファミリーが少しバラバラになってしまったところがあったかもしれません。今シーズンはチームのパフォーマンスが少しずつ安定して出せているようになり、スタジアムでの応援が一段とまとまっているように感じています。素晴らしい雰囲気を作っていただき、心から感謝の気持ちをお伝えしたい。『VISION2030』で打ち出したクラブ方針をベースに前進し、2024シーズンはより大きな一体感を作り上げていくシーズンにしたいと思っています。これからもともに前進していきましょう。



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