2025沖縄キャンプ総括<br />
「景色が変わる手前まできている」

COLUMN2025.2.06

2025沖縄キャンプ総括
「景色が変わる手前まできている」

開幕に向けて準備を続けるチームは、2月1日に21日間にわたる沖縄キャンプを打ち上げ、小平に戻って仕上げのフェーズに移った。松橋力蔵新監督と歩みを同じくすることになった選手たちは沖縄の地で指揮官の言葉や熱意から何を感じ、どんな変化を見せたのだろうか。沖縄キャンプの全日程に帯同した記者が目にした選手たちの新たな取り組み、そこから見える“松橋トーキョー”の可能性とは。



毎年取材に訪れてきたはずの沖縄の風景が、ここ数年とは少し違って映った。松橋力蔵監督を迎え、新体制で臨む2025シーズン。その本題に入るまでの“マクラ”が重要だったのだろう。新指揮官がまず刺激したのは、選手一人ひとりにサッカーボールを追いかけ始めた頃の原風景を思い出させることだったのかもしれない。

ワンプレーへのこだわりを語り、心の持ち方を伝えるシーンが何度もあった。主体的な行動を求め、成長も促した。そこでは選手それぞれが自らのサッカー観を育む過程で、出会った人や見聞きした言葉を回想する時間に思えた。そうした時間を過ごすことで、キャンプが終わる頃にはすっかり新チームの行動規範ができあがっていた。

そのなかで、選手一人ひとりの言動にも小さくない変化が見られた。最たる例が、キャンプ序盤に初めは東慶悟選手と小泉慶選手から始まった居残り練習だろう。今シーズンで30歳の節目を迎える小泉選手が「慶悟くんからパスを学びたい」と、自ら教えを請う形でこのトレーニングはスタートする。それに対し、東選手も快く応じた。


「ライバルのレベルが上がれば、自分自身もやらなきゃいけないことが増えて成長につながる。教えてくださいと言われて『嫌だよ』なんて言うのもダサいでしょ(苦笑)。かといって、オレからやろうぜって無理矢理練習させるのとは違う。学びたいという意識はやっぱり嬉しいじゃないですか。それなら包み隠さず教えますよ、というスタンス。学んできたことで教えられることがあるなら、慶に限らず伝えていきたいと思っている。やっていても楽しいし、自分の練習にもなるしね」。

二人は全体練習後にボールを集め、相手の最終ラインとゴールキーパーの間に落とす浮き球のミドルパスにトレーニングの時間を割くようになっていく。東選手は自分がキャリアで取り組んできたパスと、サッカー観を小泉選手に余すことなく開示した。


「慶には90分間で広くサッカーをしたほうが良いと伝えた。細かいのは上手だから、フルピッチをもっと活用しないといけない。そういうところから入ってロングボールもあれば、裏を狙うこともある。そこにリンクさせて常に良いところにボールを置かないと、良いところには蹴られない。それがゲームをつくるということだよって自分なりに伝えた。どこまで響いているかは分からないけどね(笑)」

そして日々取り組んできたことで、徐々に実戦形式のトレーニングでも成果が見られるようになっていく。マルセロ ヒアン選手のスピードを活かして、相手最終ラインの背後を狙ってミドルパスを通す場面をつくり始めた。すると、初めは二人きりだったトレーニングに、常盤亨太選手が加わり、高宇洋選手も顔を出すようになって輪が広がっていったのだ。これには東選手も顔をほころばす。

「ボランチにはゲームをつくることが必要になる。あいつらにはそれにプラスして機動力がある。そこが加われば、もっと良い選手になれる。オレはこの年齢で機動力を上げるのは難しいけど、また別のところを磨いて勝負していかないといけない。だから、中盤の選手たちにはシーズンを通してこの練習をやっていこうと話している」

この輪がさらに広がっていけば、波及効果は絶大だろう。個々のスキルアップはもちろんだが、もう一つの副産物が期待されるからだ。今キャンプ中に、松橋監督の口からは「タイミングを合わせよう」という言葉が何度か発せられた。その解決策となるかもしれない。


例えば、この練習に受け手の選手が加われば、自然と同じ絵を描ける選手の数が増えていくはずだ。昨シーズン限りで現役を引退したディエゴ オリヴェイラは東選手がボールを持てば、背後を狙う動きを見せていた。だが、背番号10がピッチにいないと、その回数が途端に減ってしまっていた。あうんの呼吸や信頼関係は一朝一夕では築けない一方で、ボールを保持して主導権を握った状態で相手を崩すためにはそこが欠かせない。

東選手は「すりあわせには時間が掛かる。二人目、三人目、四人目まで意識が合わないと難しい。感覚やキャラクターも理解しないといけないし、頭を使わないといけない。相手を見て、ボールを持っていない選手も判断しなければいけない。安パイに近くでつないでいても状況は変わらない。意外性のあるパスやスイッチになるパスが重要だし、出し手も増えていかなければいけない」と言う。


オッと思ったのはここからだった。実際に、東選手がキャンプ終盤に居残りでシュート練習をしている選手たちに声を掛けて協力を仰ぎ、即席で複数人が絡むドリルメニューをつくる場面もあった。長友佑都選手や森重真人選手といった求道者然とした背中で見せるタイプもいれば、東選手のようにたくさんの人を巻き込みながらチームを強くするベテランもいる。そんな存在も、またこのクラブが保有する財産の一つなのだと再確認したキャンプでもあった。

観る人をワクワクさせるには、なるべく大勢で互いのいたずら心をくすぐりながら計画を企てるのに限るだろう。それも、きっと彼らがボールを追いかけてきたなかで見てきた原風景の一つだったはずだ。東選手は、やる気に満ちた表情でこう言った。

「やるよ、オレは。チーム内で意識を高めて、周りもどんどん巻き込んでいかないといけない。監督はキャンプ初日にオレが今まで練習でこだわってきた一つひとつのプレーのことを褒めてくれた。それによって周りも気づくことがあったのかもしれない。ああやって亨太やヤン(高宇洋)も加わってくれて、みんなの学びたいという意志が伝わってきた。それがムチャクチャ嬉しかった。そうしたことがこれからも連鎖していってほしい」。


これも一例で、様々な取り組みがさらに活発化していけばと、選手たちはもう気づき始めている。そうした変化を松橋監督も側で見守ってきた。初めは小泉選手と東選手の二人で始まったあの練習の人数が、「キャンプ終盤に増えてきましたね」と聞くと、指揮官は頷いて目を細めた。

「増えてきましたね、本当に。僕も色々経験したなかで、そういうチームは必然的に強くなる可能性は高いとは思います。最初は初めてのことに対して、どこまで受け入れられるかとか、色々あると思うんです。でも、本当にこれが必要だと思い始めた。そのベクトルが合った瞬間、一緒に取り組む人数が一気に増える。それだけでも考えや感じ方が一緒になっていく。それはゲームでも同じで、見えていたルートが遮断された時に、また別のルートを探すんですが、そのタイミングを全員が同時に同じ選択をできるようになると、ボールもしっかりとつながっていくと思う。それは何度も何度もやっていかなければいけないと思います」

指揮官は1月12日に始まった21日間にわたる沖縄キャンプの締めくくりに、こんな言葉を吐き出していた。

「景色が変わる手前までは来ている」

ワンプレーのこだわりを深め、転がるボールに新たな景色を見せることができるか。そして創造的なアイディアを生み出せるかに懸かっている。2025シーズンの開幕までのカウントダウンは始まった。松橋監督は「開幕戦で何かが始まるのではなくて、もうすでに始まっている。彼らがサッカー人生を歩む以上は最後まで追い求めていってほしい」と言い、こう述懐した。


「僕が横浜マリノス時代に出会った木村和司さんの素晴らしい言葉に、『サッカーは常に追求だ』というフレーズがあります。その言葉は僕のなかにずっとある。これはきっと当時一緒にプレーした選手たちの心に残っている言葉だと思います。トップを走る人が常に追い求め続ける。その言葉がグサッと刺さりました。それが今でも残っていますし、時々で言い続けていきたいです。彼らにもそうやって追い求め続けてほしいと思っています」

自分たちの今を超えた先がある。選手一人ひとりがなりたい自分の背中を追いかけて、終わりなき追いかけっこを続けていく。学びたい、成長したい気持ちに果てはない。

勝負の世界は決して甘くはない。ただし、ここからつくられていくサッカーに、アッと驚く意外性のある“サゲ”がつくのなら、この“マクラ”は大成功だったと呼べるはずだ。



Text by 馬場康平(フリーライター