2022シーズンもいよいよ最終節を残すのみとなった。新たなプレースタイルの浸透と構築はどこまで進んだのだろうか。そして、東京の未来にどのような成長を思い描いているのか。スポーツライターの飯尾篤史氏を聞き手に迎え、アルベル監督に今シーズンを総括してもらった。
Q、東京での冒険の1シーズン目が終わろうとしています。最終節を前にして現在リーグ6位に付けていますが、どんな手応えや感触を掴んでいますか?
A、チームとして復活を遂げることが大きなテーマであり、それまでとは明確に異なるスタイルを植え付けることが私に与えられた仕事でした。なるべく苦しまないようにして変化させなければならない、と私は考えました。なぜなら、開幕当初からドラスティックな変化を求めて勝ち点を得られなければ、選手がナーバスな状況に陥る可能性があるからです。そこで私は段階的な変化をめざしてきました。選手たちの能力が高く、献身的に取り組んでくれたこと、この取り組みが簡単ではないと理解してくれたファン・サポーターの皆さんが温かく見守ってくれたことで、予想以上にスムーズに変化させられたと思います。
Q、鹿島アントラーズ、サンフレッチェ広島、セレッソ大阪という上位陣にシーズンダブルを達成し、力強さや勝負強さを見せた一方で、湘南ベルマーレやヴィッセル神戸といった下位のチームに敗れるなど、不安定なところもありました。
A、鹿島戦、広島戦、C大阪戦で誇らしい戦いができたのは確かです。ただ、上位チームといい試合をした、下位チーム相手に苦しんだ、と短絡的な見方をしてはいけないと思います。神戸は先日、5連勝を成し遂げました。湘南は川崎フロンターレ相手にシーズンダブルを達成しています。特定の部分にフォーカスすると、他の部分が見えなくなる危険性があります。例えば、サガン鳥栖のクラブ規模は決して大きくないですが、今シーズン、素晴らしいパフォーマンスを発揮しましたよね? 首位に立つ横浜F・マリノスは残留争いをしているガンバ大阪とジュビロ磐田に連敗しました。J1リーグは世界で類を見ないほど拮抗したリーグなのです。我々は発展途上のチームですから、不安定な部分があるのも当然です。それでもシーズンを通して見れば、右肩上がりに成長し、安定した戦いができたと思います。
Q、たしかに2連敗を喫したのは2回だけでしたね。
A、以前もお話ししたように、私はリアリスタ(現実主義者)です。現実的にたどり着けるところを目指して歩み続けるタイプです。以前率いたアルビレックス新潟では悲観論者が多かったので、私は楽観主義者にならなければなりませんでしたが、ここでは、数試合に勝っただけで「AFCチャンピオンズリーグで優勝できるんじゃないか」と言い出す理想論者が現れます(笑)。地方都市と首都の人たちとでは、性格が違うのかもしれませんね。ただ、繰り返しますが私はリアリスタです。このクラブはまだ、多くのタイトルが獲れるほどの立ち位置にはたどり着けていません。だからこそ、地道な努力を重ね、基礎体力をつけることにフォーカスすべきだと思います。私は「ともに旅をしよう」と訴えていますが、それにはまず自分たちがどこにいるのか、どこに辿り着きたいのかを知らなければなりません。我々の経営規模はJ1において決してトップではなく、過去のリーグ戦における最高順位は2位です。その現実を理解すれば、どこをめざして戦わなければならないのかが明確になると思います。
Q、拮抗したリーグであるうえ、スタイル変更にトライしたことを考えれば、アビスパ福岡戦(5月3日の11節)や鳥栖戦(6月26日の18節)での大敗後、ずるずると下降していく危険性もありました。そこで踏みとどまり、再び前進できた要因をどうお考えですか?
A、選手たちの団結力が大きいと思います。まとめ役を担ってくれたリーダーたちの姿勢は素晴らしいものがありました。経験豊富なモリゲ(森重真人)、(長友)佑都、(東)慶悟らはチームをまとめてくれただけでなく、新しいスタイルに適応し、いいパフォーマンスを披露してくれました。今はいませんが、(髙萩)洋次郎のリーダーシップにも感謝しなければなりません。チームが難しい状況に陥ったとき、彼らがチームを奮い立たせ、前向きな声かけをしてくれたのは大きかったですね。外国籍選手たちのチームへの献身性も特筆に値します。若手の成長も我々にとって追い風になりました。(松木)玖生は18歳でこのチームに加わりましたが、主力に成長しました。夏に獲得した3選手(ルイス フェリッピ、塚川孝輝、木村誠二)の存在も大きかった。すべてが絡み合ったことが、残留争いに陥らなかった理由だと思います。
Q、開幕前、若手の松木玖生選手やバングーナガンデ佳史扶選手、中堅の渡邊凌磨選手がここまで活躍するとは、想像できませんでした。
A、彼らだけではないですよ。(中村)帆高も素晴らしい成長を成し遂げましたよね。(安部)柊斗も紺野(和也)も大きく伸びました。(木村)誠二もすごく成長しています。成長段階の若手と経験豊富なベテランがうまく融合し、チームをいい方向に導いてくれたと思います。
Q、シーズン途中に獲得した塚川選手がスムーズにチームにフィットしたことも大きかったと思います。彼の獲得後、「塚川は以前とはプレースタイルが変わった」と話されていたのが印象に残っています。
A、新潟を率いていたとき、松本での彼のプレーを見ています。その後、塚川は川崎に1年半在籍し、プレースタイルが明確に変わり、我々のチームに合う選手へと変貌を遂げました。チームのスタイルが選手を成長させることはよくあります。新潟で私のもとでプレーした選手たちも、得意なプレースタイルが変わりました。例えば今、鳥栖でプレーしている福田晃斗。新潟でボールを大切にするプレーを習得したことで、今では守備だけでなく、攻撃でも貢献しています。東京でも同じことが起きていると思います。佑都は昨シーズン、疑いの目で見られていたと聞いています。けれども今シーズン、彼のパフォーマンスを批判する人はいないのではないでしょうか。しかも、慣れている左サイドではなく右サイドでプレーしています。さらに、サイドバックでありながらミッドフィルダーのようにピッチ中央でプレーしています。彼は年齢に関係なく、取り組む姿勢によって成長が促されることを証明しています。慶悟もそうですよね。やはりサッカー選手というのは、サッカーボールとともに成長する。それ以外の方法はないと思います。そして、成長したい気持ちを強く持っている選手に、サッカーボールは協力してくれるのです。
Q、いい言葉ですね。では、フェーズの話を聞かせてください。前半戦の清水エスパルス戦(5月25日第15節)、鹿島戦(5月29日第16節)あたりから、「ボールを握れるようになってきた」チームは今、「ボールを保持しながら、ゴールに向かっていく」フェーズに入っています。このフェーズの移行のタイミングは、計画通りなのでしょうか?
A、選手のクオリティの高さと彼らの努力のおかげで、私が期待していたよりも早く、次のフェーズに移行できています。だからといって、すべての試合に勝てるとか、来シーズンに必ずタイトルが獲れるとか、そんな簡単な話ではありません。重要なのはベースを作ることであって、そのベース作りは今、うまく進んでいます。
Q、ベースに関しては、この1年でしっかり築き上げたと見ていいのでしょうか。
A、私の言うベースとは、我々のスタイルがどのようなものか、選手が理解しているかどうかという部分です。例えば料理では、どのような具材を使い、どう調理すべきかを理解することが重要になる。それがベースです。それに関しては、構築できています。ただ、料理というのは、食材のクオリティが上がれば、料理の出来もグレードアップするものです。サッカーチームも選手の質が良くなれば、表現できるプレーの質も上がってきます。だから、マンチェスター・シティもリバプールも、常により良い選手を獲得しようとするわけです。
Q、アルベル監督がよく言われている「なぜボールを保持することが大事なのか」については、選手の理解が深まったと。
A、その通りです。理解してもらうために何度も話をしてきましたし、映像を見せて理解を深めてもらいました。ただ、いくらめざすサッカーを言葉で説明し、彼らが理解してくれても、勝点を積み重ねることができないと、誰もが不安を感じ、疑いの目を持ってしまいます。そういう意味でも今シーズン、勝点を積み重ねながらプロセスを進めることができたのは、2年目に向けてポジティブな点だと思います。
Q、今後チームはどういったフェーズに入っていくのでしょうか?
A、「よりパーフェクトな形で試合を支配する」というフェーズです。ただ、極端に高いボール保持率で試合を支配するということを、私は思い描いていません。ただボールを回していればいいわけではないということです。適切な形でボールを保持して試合を支配し、ゲームに勝つことをめざしていきたい。ボールとともにプレーし続けて選手たちの自信を促していく。それが成長や試合の支配につながると考えています。ただその前に、まずは新しく加わる選手たちに我々のスタイルを理解してもらい、チームに適応させなければなりません。一方で、私が絶対にやらないのは、日本っぽいスタイルを取ることです。
Q、日本っぽいスタイル、といいますと?
A、「優勝をめざします」「3冠を達成します」と大風呂敷を広げることです(笑)。
Q、なるほど、そういうことですか(苦笑)。
A、私が信じて疑わないのは、明確なアイデアと日々の努力の積み重ねこそが、成功に導いてくれるということです。結果を保証することは、私はしません。私にとっての成功とは、今、自分がやっていることではなく、自分が何を残したかです。今シーズンのJ2リーグで新潟が優勝を成し遂げ、J1リーグ復帰を決めました。中野幸夫社長や寺川能人強化部長、松橋力蔵監督は成功を収めました。私が去ったあと、チームに継続性をもたらしたのは彼らです。彼らがやり続けてくれたおかげで、適切なアイデアと継続した努力は成功につながるのだ、という確信が強まりました。同じことを私は東京でもやり遂げたいのです。新潟の次の目標はJ1リーグに長く居続けられるチームとなることでしょう。一方、東京がめざすのは、毎年のように上位3〜4チームに入り、常に優勝争いに絡むレベルにたどり着くことです。そのベース作りに私は今、挑戦しています。それには現場の努力だけでは足りません。毎年のようにクオリティの高い選手を獲得し、経営規模も少しずつ大きくしなければなりません。スタジアムを埋めるファン・サポーターの数も少しずつ増やしていく必要があります。みんなで協力して、同じ方向に進む努力をすることが重要なのです。
Q、今週末、川崎との多摩川クラシコでいよいよ今シーズンのラストゲームとなります。川崎とは開幕戦でも戦いましたから、今シーズンの成長度を確認できるゲームにもなりますね。
A、素晴らしい試合になることを期待しています。両チームとも攻撃的なプレーを繰り広げ、見応えのある試合になってほしいです。そして、ホームでの最終戦ですから、ファン・サポーターのみなさんに大きな喜びを与えることができたら最高です。ただ、開幕戦とこの試合の出来との比較によって、チームの成長を評価してはいけないと思います。なぜなら、試合の出来や結果は、さまざまな要素によって左右されるものだからです。それは我々のミスかもしれないし、川崎のミスかもしれない。いろいろな要素が影響して試合の流れや内容は変わります。だから、開幕戦とは切り離して、今シーズンのラストゲームを皆さんには楽しんでもらいたいです。
Text by 飯尾篤史(スポーツライター)