2024シーズン新加入選手インタビュー<br />
高宇洋選手

INTERVIEW2023.12.19

2024シーズン新加入選手インタビュー
高宇洋選手

尊敬する父の元中国代表ディフェンダー高昇は、かつて多摩川を挟んだライバルチームに所属し、キング・オブ・トーキョーらとしのぎを削った。息子の高宇洋は3年を過ごした新潟の街に別れを告げ、来シーズンからその青赤に袖を通す。「誰よりも勝ちたい」という男はさらなる大志を抱き、大きな決断を下した。ここからもう一歩も、二歩も上へ行くために。



Q、東京からオファーを受けた時の率直な感想を聞かせてください。
A、素直に嬉しい気持ちでした。早い段階でオファーをいただいて、直接、強化部の方とも話をして、とても熱意を感じました。歴史と伝統がある首都のクラブなので嬉しかったです。

Q、一番の決め手はどんなところでしたか。
A、やはり熱意です。本当に東京に来て欲しいということが伝わってきました。あとは、クラブとしてこれからタイトルを獲りたいとか、そういった目標に共感したところもあります。僕もタイトルを獲りたいですし、自分がより上のステージに行くためには今このタイミングで、このオファーを受けたいと思いました。

Q、アルビレックス新潟では副キャプテンもされていて、かなり思い入れの強いチームだったと思います。離れる決断に至った心境の変化はありましたか。
A、新潟では3シーズンプレーさせていただきました。多くの試合にも出させていただいたなかで、選手としても人としても本当に成長させてもらったと感じるクラブでした。今までで一番思い入れのあるクラブですが、もう一回環境を変えて、ゼロからの競争に飛び込みながらより成長したいという思いがどこかにありました。今はまだちょっと寂しさもありますが、自分で決断したことですし、しっかりとやっていきたいと思っています。

Q、今回の決断で大切にした自分の気持ちや、今後のプランはありますか。
A、自分がここからもう1段階も、2段階も成長してスケールの大きな選手になるための決断でした。そういう考えに至ったタイミングで、東京からオファーをいただいて、クラブの目標と熱意が合致しました。



Q、ご自身のストロングポイントを教えてください。
A、ボールを奪うところが、一番の武器だと思っています。合わせて、予測力が売りだと思っています。高宇洋はどのような選手ですか、となった時に、まずボールを奪うところを表現することだと思っています。自分自身、選手としての価値や武器はそこにあると考えています。ただ、今の時代のボランチにはいろんなことを求められます。ボールを奪えて、そこからパスを繋ぎ、前にも出ていける選手。安定感があって相手にとっては怖い選手になりたい思いは常にあります。

Q、新潟での3年間で1番自分が成長した部分はどんなところですか。
A、攻撃のところです。ビルドアップや、常にボールに関与し続けるところは自分でも成長したと思います。自己評価だけでなく、第三者、周りからの評価でも本当に成長したねって言われることが多いです。

Q、ガンバ大阪U-23や新潟ではキャプテンマークを巻いてプレーしていました。リーダーシップや統率力をどのように還元していきたいですか。
A、僕自身、それほどキャプテンに向いていないと思っています(苦笑)。ですが、ガンバ大阪U-23の時には、監督のツネさん(宮本恒靖現日本サッカー協会専務理事)がキャプテンマークを渡してくれましたし、期限付き移籍したレノファ山口FCや新潟もキャプテンマークをつけてプレーする機会を与えてくれました。自分ではキャプテンに向いているとは思っていないですし、チームを引っ張っていけるような選手かどうかは正直分からないです。ただ、自分が成長したい思いや、チームを勝たせたい、相手に負けたくないという気持ちだけは本当に強くあります。普段の練習から意識していますし、それがプレーに表れているのだと思います。



Q、市立船橋高校時代から期待され、J3リーグからJ1リーグへとステップアップしてきたという印象もあります。ご自身のキャリアを振り返えるとどのような歩みだったと思いますか。
A、苦しい時間の方が多かったです。特に高校を卒業してG大阪に入ってU-23のチームでプレーさせてもらったんですが、すごく苦しみました。市立船橋高校の同期の杉岡大暉選手や原輝綺選手が活躍していましたし、金子大毅選手も神奈川大学を1年で辞めて湘南ベルマーレに加入しました。それぞれがJ1リーグの舞台で活躍し、世代別の代表にも入っていました。みんなが先に進んでいるなか、自分だけが後ろに置いていかれている感じはありましたし、悔しさもありました。G大阪ではJ1リーグで20試合に満たないぐらいの試合に出させてもらいましたが、その時は本当に自分に自信が持てず、プレーしていました。

そういう自分を変えたくて山口に期限付き移籍をし、当時はJ2リーグだった新潟に活躍の場を求めました。“やり続けるしかない”と思っていたので、もっと良くなるためにもっと試合に出て、本当に成長しないといけないと感じていました。新潟に来て、昨シーズンはJ2リーグで優勝してJ1リーグに昇格できました。今シーズンが久々のJ1リーグでしたが、G大阪時代のあの頃と比べても、本当に自信を持って1シーズンやりきれたという気持ちになれました。やり続けてきた成果が今出ていると思っています

Q、苦しい時に支えになったことを教えてください。
A、市立船橋高校の監督だった朝岡隆蔵先生の言葉を大切にしていました。『真面目にやり続ける、真面目にやっていたら必ず誰かが見ているんだ』。そう言われてきましたし、そう思って頑張るしかなかったです。その言葉は僕にとって、とても大きな存在です。



Q、東京にはどのような印象をもっていましたか。
A、僕もプロ1シーズン目は、G大阪で長谷川健太監督(現名古屋グランパス監督)から指導を受けていました。翌シーズン、健太さんが東京の監督に就任してからのイメージがやはり強いので、戦う集団という印象があります。ここ数年は、サッカーが少し変わってきた印象もありますが、日本を代表するような素晴らしい選手がたくさんいますし、大きなクラブだと思っています。

Q、今シーズン、2試合対戦してみて、どんな印象を持ちましたか。
A、個の力が強い選手がそれぞれのポジションにたくさんいる印象がとてもあります。プレー強度も高かったですし、今シーズン、新潟は東京に対して1分け1敗という結果でしたし、勝ち切れなかったという印象です。

Q、東京はこの2シーズン、大きな変革に乗り出しているクラブでもあります。そこに身を投じるわけですが、その変化を楽しみたいという気持ちはありますか。
A、それはやりがいであり、楽しみな部分です。スタイルや方針も今変化している最中だとは思っています。現段階では自分なりに特長や、これまで経験したことを生かしながらプレーしていきたいとイメージしています。東京のチーム戦術に対して、自分の良さをうまくアジャストしていきたいです。

Q、対戦して印象に残った選手や、話してみたい選手はいますか。
A、仲川輝人選手には、今シーズンのリーグ前半戦で得点を決められました。今まで横浜F・マリノスでMVPやタイトルを獲っていますし、日本代表にも選出された素晴らしい選手です。仲川選手も川崎フロンターレのアカデミー出身で、僕もジュニアユースまでプレーしていたという共通点もあるので話してみたいです。

Q、東京のサッカースタイルはどう感じていますか。
A、今シーズンはJ1リーグで対戦もしましたが、モンテディオ山形で指揮を執られていた時は、対戦していて本当に苦労したイメージがあります。切り替えも速いですし、堅守速攻というよりは、ボールを比較的保持するスタイルだと思います。ただ、今シーズン東京と対戦した時は、そこにチャレンジしているんだろうな、ということは分かりましたが、少し詰まっているようにも感じました。オファーをいただいた際に話をした時も、今後そういうサッカーを展開していきたいと言っていましたし、そこで自分の良さを出しながらボールをしっかりと動かしていきたいです。

Q、現在、東京に在籍している選手で親交のある選手はいますか。
A、本当にいないんですよね(苦笑)。山下敬大選手は半シーズン、山口で一緒にプレーしていました。他のチームには知り合いがいるんですが、東京がビッグスワンに来た時も知り合いがいなかったので、誰とも話さなかったですね(笑)。



Q、高選手のお父さんの話も聞かせてください。サッカーを始められたきっかけや、尊敬している人物にも名前を上げていましたが、どのような存在で、どんな風にサッカーを教わりましたか。
A、僕にサッカーを教えてくれた、サッカーを与えてくれた存在です。調べていただいたら分かると思いますが、プロサッカー選手で、中国代表でもプレーしていました。当時を知る人に話を聞くと、本当にすごい選手だったと言っていました。残念ながら僕自身は、生でプレーを見られませんでしたが、小中学生のころ、公園で一緒にボールを蹴っていると、本当に技術が高かったんです。ポジションはセンターバックとボランチで、身長も高くフィジカルも強い。技術も高く、昔の父を知っている指導者に聞くと、本当に素晴らしい選手だったと聞くので尊敬しています。

Q、東京への移籍については相談しましたか。
A、もちろんしました。良かったねと言ってくれました。おそらく富士通時代に東京の前身である東京ガスと対戦していると聞いていて、当時、外国籍選手に鼻を折られたと言っていました(苦笑)。名前は忘れてしまったんですけど……。

Q、もしかして、アマラオ選手ですか。
A、そう、その選手です。鼻を折られたんだよと話していました。

Q、父親と同じ川崎ではなく、多摩川を挟んだクラブのユニフォームに袖を通すのはどんな心境ですか。
A、川崎のジュニアユースに在籍している時から等々力競技場に多摩川クラシコを観に行っていました。観客も多く入る試合ですし、僕も当時は川崎を応援していたのできっとブーイングしていたはずです(苦笑)。ただ、今はもう川崎を離れて何年も経っていますし、東京の選手としてあの舞台に立って戦いたいと思います。

Q、今シーズンは高選手自身、J1リーグ再挑戦となり、ようやくまた陽の目を見始めたサッカー人生だと思います。2024シーズンはどのような1年にしていきたいですか。
A、新天地となる東京で、環境も変わってまずはゼロからの競争が始まります。スタートから自分を表現しながらやっていきたいですし、ポジションも奪っていきたいです。自分が中心となって多くの試合に出て、個人としても攻守に存在感を出していきたいと思います。東京のファン・サポーターやJリーグの対戦相手からも、東京のボランチには高宇洋がいると言われたいです。それが叶うならば、チームの目標であるタイトル獲得に挑戦したいという思いは強いです。

Q、味の素スタジアムや東京のファン・サポーターの印象を教えてください。
A、プレーしていてもファン・サポーターがすごく入っているのを感じていましたし、素晴らしい雰囲気でした。東京のみなさんの熱さが伝わってきた印象です。

Q、では、その東京のファン・サポーターに向けメッセージをお願いします。
A、2024シーズンから東京のユニフォームを着て、味の素スタジアムでプレーするのをとても楽しみにしています。僕自身も勝つことにすごく飢えている選手ですので、それをプレーで表現したいと思います。ぜひ、熱い応援をお願いします。一緒に戦いましょう!



Text by 馬場康平(フリーライター)