5月21日に発表されたFC東京の2023年度決算報告。営業売上はクラブ史上最高となる59.29億円を記録し、前年比でプラス6.6億円という伸び方を達成した。その一方で4年続けての赤字計上という現状もある。
果たしてそこにはいかなる取り組みがあったのか。そしてコロナ禍からの完全脱却、そして未来を見据えたクラブの現在地とは。
前編では過去最高売上と4期連続赤字の背景、大きく形を変えたアカデミーへのサポートについて川岸滋也社長に話を聞いた。
取材・構成=佐藤 景(フリーライター)
──2023年度の決算が発表されました。まずはこの数字についての受け止めを聞かせてください。
川岸 クラブの経営規模を示すのは、売上です。コロナ前の2019年度が約56.35億円だったのに対し、2023年度は約59.29億円。3億円ほど大きくすることができました。前年度比でも6.6億円のプラス。これはクラブにとって過去最高の数字であり、今までの天井を越えたことになります。選手はもちろん、チームスタッフ、クラブ職員、ファン・サポーター、そしてパートナー企業の方々に感謝しています。
──過去最高の売上となった理由はどこにあるのでしょうか。
川岸 どれか一つではなく、色々な取り組みが数字に表れたと言えます。すべてのセグメント(分野)に注力してきました。まずは一番大きな広告料収入をどうすれば伸ばしていけるか。チケット収入についてもコロナ禍から回復する中でどこまで伸ばせるのか。そしてグッズ収入です。FC東京は以前、グッズ収入が3億円程度(コロナ禍前の2019年度時点)で、これはJ1リーグ全体でも下位の数字でした。スクールについても同様です。以前は普及活動という文脈で推し進めていましたが、スクール事業としてちゃんと見ていこうと視点を変えました。このように多方面で改善に取り組んできたことが効果を出したのだと見ています。
──柱である広告料収入は28.4億円でした。
川岸 前年よりも3億円ほど伸びました。私の社長就任から2年になりますが、目標数字に対して責任を持つように営業体制を見直し、整えることで一定の成果が出たと考えます。チケット収入でもSOCIO(年間チケット)の売上を含めて、前年度の約9億円から12億円に伸ばすことができた。グッズ収入では前年度時点で4億円まで来ていましたが、2023年度は6億円を超えました。それぞれの担当が頑張ってくれたおかげです。
──各セグメントにおいて、共通する改善点はありましたか。
川岸 プロセスの徹底的な見直しと人材投資に取り組んできました。特に人材への投資は積極的に行っています。これはサッカークラブの社長になって改めて感じたことですが、とにかく人がいないと数字が作れず、クラブを大きくすることもできないということ。優秀なスタッフを増やすこと、そして優秀な人材を育成していくことが投資と考え、実際に取り組んでいます。我々はそれほど大きな会社ではないですが、ビジネス部門のスタッフだけでも10人は増えました。それでも正直に言えば、2年間でここまで全体の数字が伸びるとは思ってはいませんでした。
──社員、スタッフの意識の変化も感じますか。
川岸 日々、感じているところです。私から一つひとつの仕事について明確に「何のためにやるのか」を考えてほしいというメッセージを出しています。昨シーズン3月に策定した『FC東京VISION2030』は一人ひとりの向かう方向を合わせるための指針ですが、結果として各部門のマネージャーが、どういう数字を求めていくべきなのか、そのためにどういう取り組みが必要なのかを整理し、みんなで愚直に取り組んで、過去最高の売上を出してくれたと考えています。
──Jクラブの中でも少なかったグッズ収入がアップした理由について、具体的にはどのような取り組みが行われたのでしょうか。
川岸 まずマインドを変えようという話をしました。例えばユニフォームの販売についてです。以前はどうしても在庫リスクを恐れて仕入れ過ぎないようにするマインドが働いてしまい、初回の仕入れ数で担当者が毎シーズン悩んでいたようです。でも、ユニフォームは買いたい時に買えるべきアイテム。私はファン・サポーターの皆さんがグッズショップに行った時に「売り物がない状況はやめましょう」と話しました。仕入れについてリスクを負ってでも、しっかりと商品を揃えていこうということですね。売り物があれば、売上もアップします。今でも欠品するケースはありますが、昨シーズンよりも多くの商品を仕入れて、在庫リスクを持ちながらやっていくようにしています。
──ピッチ上では「リスクを取らなければ大きなリターンを望めない」とよく言われますが、ビジネスサイドでリスクを取るマインドに変わるのは難しいことではないですか。
川岸 『VISION2030』にあるとおり、東京=FC東京になっていこうと考えた時に、縮こまっていては前に進めませんし、そのステージには到底辿り着かない。やはりチャレンジが必要です。その過程でトライ&エラーは当然起こりますが、それでこそ私たちにも「気付き」が生まれる。もちろんリターンがどれくらいあるのかは議論しますが、経営陣も許容する目線をしっかり持って進もうとやってきました。
加えて大きかったのは、MIXIのグループ会社になったことです。これまでは東京ガスが母体であり、サポートを受けていましたが、資本関係上はクラブの独立経営で、赤字を吸収できるような経営体制ではありませんでした。しかし現在はMIXIとの話し合いのなかで、しっかり説明できれば、そもそも赤字の事業計画を立てても良いとされています。そういう意味で2023年度、そして2024年度も赤字の計画を立てていますが、その分はMIXIが吸収する形となるので、ある意味で強気の経営ができる。今までなら剰余金がなくなった時にどうするのか、増資が必要になるのか、と考えたかもしれません。現在はお金を余らせてどうするのかよりも、どう使っていくのかを考えようという思考になっています。
──決算報告では、営業損失が約9,600万円で最終損益は2.28億円。4期連続の赤字ではありますが、この数字は今の説明にあったとおり、計画されていたものと考えて良いのでしょうか。
川岸 そうですね。2023年度の決算についてもう少し説明すると、まず前提として収入面の変化がありました。2019シーズンに明治安田生命J1リーグで2位に入ったことで、Jリーグからの理念強化配分金として翌シーズンからの3シーズンはそれぞれ2.5億円、2.5億円、2億円の収入がありました。それが2022年度をもってなくなった。また、均等配分金についても1.1億円減額となっています。
こうした収入面の変化は2023年度が始まる前から分かっていたことで、言わば「前提条件」が変わるなかで、それにどう対応していくかが重要でした。2022年度の営業赤字が8700万円でしたから、配分金収入の減収3.1億円を加えると、普通にやると約4億円の赤字になってしまう。2023年度はこのマイナス4億円からどこまで回復していけるかが経営課題でした。冒頭で売上が前年度比でプラス6.6億円になったと説明しましたが、配分金減少分を加味すると、クラブの実力値としては売上を10億円近く伸ばした計算になります。この数字自体は現時点のクラブの規模、実力からして良い数字と言えると思いますし、計画を大きく上回る着地になりました。
減損も行いましたが、これは将来かかるコストを前倒して計上した形です。今後の見通しも踏まえて、2024年度以降の経営の自由度を上げるために実施しました。資本金も厚い状況なので、全く問題はありません。
──スクールを普及活動から事業へと目線を変えていくという話がありました。アカデミーについては、いかがですか? ファン・サポーターの方々向けにアカデミーサポーターという取り組みが始まりました。
川岸 これまではクラブサポートメンバーという形で、ファン・サポーターの皆さんにアカデミーをサポートいただいておりました。ただ、実態としてはいわゆるファンクラブ組織に近いプログラムでした。そこで実態と中身を合わせていこうという考え方を採り入れ、従来のものはオフィシャルメンバーシップに改変しました。その一方でアカデミーをサポートしたい気持ちがあるという声もいただきまして、どういう形が良いのかと議論を重ねた結果、今回はアカデミーパートナー、アカデミーサポーターという形に一新した形です。
──このアカデミーパートナーとアカデミーサポーターにはどのような違いがあるのでしょうか。
川岸 大きく分けると、アカデミーパートナーは企業向け、アカデミーサポーターは個人向けになります。この形がベストなのかどうか、様々な意見を伺いながら進んでいるところですが、すでに概ね予想通りの申し込みをいただいており、まずはスタートが切れて良かったと率直に思っています。実際のところを申し上げると、アカデミーの活動費は非常に金額が大きく、そこだけを切り取ると大きな赤字になる。将来、トップチームで活躍する選手を育てるという意味ではクラブにとって重要な投資なのですが、一方で経営するなかでは赤字を踏まえつつ、アカデミーの活動をより大きくしていく努力も必要です。アカデミーを支援したいという思いを持っていただいている方々のためのプログラムを新たに設けることでその思いに応え、アカデミーの活動そのものをより活発にできるようにするために、こうした取り組みをスタートさせました。
──アカデミーはクラブにとってどのような存在なのか、あらためて教えてください。昨シーズンは6シーズンぶり3度目となるJリーグの最優秀育成クラブ賞を受賞しました。
川岸 東京は人口が多く、必然的にサッカーをプレーする子どもたちが最も多い都道府県の一つと言えます。現在のアカデミー生全員が都内出身というわけではありませんが、我々にはそうした事実も踏まえ、首都のクラブとしてプロ選手を輩出する使命があると思っています。ここ数シーズン、Jリーグ全体を見ると、だいたいシーズン平均で50〜60人はFC東京アカデミー出身者がプロサッカー選手としてプレーしています。これは素晴らしいことだと思いますし、我々のクラブの強みとして恒久的に維持していかなければならないとも考えています。
現在、トップチームのメンバーを見ると、アカデミー出身者が多くてクラブとしてとても良いサイクルの中にある。チーム編成上、これは非常に好ましい形です。外から選手を獲得する場合には契約解除に伴う違約金が必要になることが多いですが、選手を育てればそれが必要ありません。それにアカデミー出身選手の数が多ければ、いざ外から獲得するとなった時に大きなお金をかけることもできます。アカデミー出身選手がトップレベルで活躍することは、様々な面でメリットが大きいと考えています。
ただ、世界のサッカー界における構図を考えると、Jリーグの立ち位置は最上位ではありません。選手は必然的に世界のトップリーグをめざすでしょうし、海外にチャレンジしたいと考える現実があります。アカデミー出身選手もいずれ外に出ていくことは避けられない。そうであるならば、我々としてはしっかり育成して移籍金を獲得することが重要になってきます。その資金を再投資して、世界で活躍する選手を育成するとともにクラブを大きくしていくサイクルを確立することが極めて重要だと考えています。
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