それは5年前の開幕前だった。東慶悟は「ちょっといきなり二つはさすがに聞いていないんだけど」と言って苦笑いを浮かべていた。まず2018シーズンを最後に現役に別れを告げた梶山陽平から10番の後継者に指名され、長谷川健太監督からは新たにキャプテンマークを託された。一度に二つの重責を背負わされ、「正直重い」と言ってこう続けた。
「不安は……たくさんある(苦笑)。でも、このチームと一緒に、まだまだ成長していきたい。それが良い意味でプレッシャーになってくれたら良い。一石二鳥? そうなれば良いかな」
理想の10番や、キャプテン像について聞かれる場面に何度も居合わせた。その度に「何だろう」と頭を捻り、答えを絞り出す姿を見てきた。ただ、いつも「分からないけど」と前置きしていたことを思い出す。そうやって手探りで、自分の色を引き出そうとしてきたのかもしれない。
その2019シーズンに東京はクラブ史上最もリーグ優勝に近付き、翌シーズンには3度目となるルヴァンカップ制覇を成し遂げる。年を追うごとに「このチームを強くしたい。東京で勝ちたい」と強く思ってきた。今思い返しても、そこからの東はサッカーと東京をますます好きになっていたのだと思う。
いつもそうだった。
「このチームのみんなで勝ちたい」。そう言い続けてきた。愛の重さなんて分からないけど、仲間のために言葉じゃなく本気の行動でいつも示してきた。それが僕の知る東慶悟という10番でキャプテンの姿だった。
そんな東は腕章を譲った2022シーズンを境に苦しい時間を過ごすことが多くなっていく。それは今シーズンも変わらなかった。開幕戦からベンチ入りを果たすも先発の機会は訪れず。明治安田J1リーグ第5節以降は右太ももの筋挫傷を負って約2か月間戦列を離れると、戻ってきても自分の居場所はそこにはなかった。ベンチ入りメンバーからも外れる試合が続いた。どこかで蚊帳の外に追いやられた気持ちになっていたのかもしれない。
「毎シーズン、リーグ優勝をめざしてきたから歯がゆさや、思うことはあった。だから、なおさらもっとオレをうまく利用してほしいとさえ思っていた。試合に出るどうこうという話じゃない。試合に出られなくて腐るタイプじゃない。この世界で経験もしてきた方だし、もっとできることがあると感じていた。チームがうまくいかなくて周りから話を聞いて自分も言える範囲では伝えてきた。でも、試合に出場していない立場では限界もある。一緒に苦しい思いをしながらでないと温度感は分からない。相手にも響かないし、どうしても外野から言っているような感覚になってしまう。そこは正直難しいと思った」
それでも拳を固く握り、歯を食いしばった。若手に混じった夏場の炎天下の居残り組の練習でさえもサボらず、文句も言わず、34歳は戦っていた。ここを踏ん張れば、もう一度チャンスは訪れる。「いつか……またいつか」と、指折り数えて出番を待ち続けた。
そうした時間も約4か月続き、7月20日の第24節鹿島アントラーズ戦でベンチ入りを果たす。
しかし、そこから2試合連続でベンチを温めるだけで、川崎フロンターレ、東京ヴェルディと続いたライバル対決では再びベンチの外に追いやられてしまう。張り詰めていた糸は、いつ切れてもおかしくなかった。
そんな東の姿を側で見守る人がいた。鹿島戦後のオフ明けに、今シーズンからトップチームでコーチとして指導する奧原崇から声を掛けられた。
「もうこれ以上やっても評価されないなら……。そういうタイミングで奧原さんに呼ばれて、色々話をしてくれた。それは本当に大きかったなって思う」
現役時代に初めて青赤の10番を背負ってプレーした奧原は「10番が出られない重圧は他の人よりちょっと分かってあげられると勝手に思ってきた。誰しもが期待し、何で10番が出てないのって思われる悔しさは反骨心にできる。自分もそうやってきたし、きっかけさえあれば絶対に慶悟は大丈夫だと思ってきた」と言う。
キャリアの晩年に同じような経験を奧原もしていた。自分を分かってくれている人が隣にいる。それだけでどれだけ救われるかも知っていた。だから、陰ながら東を気に掛け「これは結果論ではなく、チームに求められているゲームコントロールや、選手を束ねられることも分かっていた。勝つためには慶悟が必要だとオレは思ってきたから、その手伝いができれば」と、機会を窺ってきた。
奧原は話をして東の限界は近いと悟った。「踏ん張っていたし、ギリギリのところで何とか踏みとどまっている状態だった」。だから、すぐに行動へと移し、ピーター クラモフスキー監督に「これだけ頑張ってきて、どうやったら慶悟は試合に出られるのか」と尋ねた。それに指揮官は「信用しているし、私は好きな選手だ」と、応えたという。「そうであれば、どうやったら試合に出られるかを本人が分からないともうキツいと思います」と、進言する。そこでの回答を8月24日の第28節京都サンガF.C.戦で約5か月ぶりの出場を果たしていた、東本人にも伝えた。
「良いプレーができたと思っても、それがなぜか伝わらないことが多かった。オレ、今何のためにやっているんだろう、もう厳しい。そう思っていたら奧原さんが話をしてくれた。そこで、分かってくれている人がいるんだってうれしかった」
続く、サンフレッチェ広島戦にも途中出場すると、それまで一方的だった展開を劇的に変えてみせた。チームは3点ビハインドから1点差まで追い上げ、東は「特別なことはしていない」と、この試合をこう振り返っている。
「与えられた時間でインパクトを残せるようには準備していた。要所では戦い、外から見ていたので、何が足りないか、こうした方が良いというのをいくつか出せれば良いと思ってプレーした。それまで前に突っ込み過ぎていたので、逆サイドに振ったり、あえてロングボールも織り交ぜたり。縦の速い攻撃はこうすれば生きるよねとか、そういうイメージしてきたプレーを試合で出せた」
そして、待ち焦がれた瞬間が訪れる。9月14日に国立競技場で行われた第31節名古屋グランパス戦でついに今シーズン初スタメンの機会が訪れた。試合前、東は「これだけ試合に出ていないと試合に出られるだけで楽しい」と言い、苦しい胸の内を明かした。
「ずっと娘からは『何でパパと入場できないの?』と言われていた。その言葉がグッと来る時もあった」
娘の手を引き、息子を抱いて入場したピッチで背番号10は躍動した。その前半13分だった。自陣から荒木遼太郎が前線の仲川輝人に縦パスを差し込むと、それに合わせて果敢にゴール前へと走り込んだ。おとりとなってスペースを空け、その勢いのまま仲川が放ったシュートのこぼれ球をゴールへと押し込んだ。
国立に集まった大観衆を沸かせた先制点を皮切りに、チームは今シーズン最多の4発大勝を収めた。それまで沈んでいた声を弾ませ、「ゴールはごっつぁんだったし、でき過ぎだって」と笑い、父の顔になった。
「子どもと入場できるのが一番うれしくて。ただ、サッカーに関しては楽しもうと思っていた。これだけ試合に出ていなかったので、こんな国立の舞台でプレーできるだけで幸せだなって噛み締められた。選手としてもオヤジとしてもかっこいいところは見せたい。ゴールもそうだけど、一生懸命ピッチで戦っている姿を子どもたちに見せたかった」
得点だけではない。随所にプロ16シーズン目の意地が詰まっていた。当意即妙に味方のポジション修正を行い、声で叱咤激励し続けた。一人羽が生えたように流動自在にプレーし、凝り固まっていた周りの選手にも「こうすれば良いんだ。こうやっても良いんだよ」と示し続けた。それまでバラバラだったチームを見事にまとめ上げ、約2か月間閉ざされてきた勝利の扉を開き、青赤に7試合ぶりの歓喜を呼び込んだ。
「すべてを分かっているわけじゃないし、自分が全て正解だとも思わない。求められることをやることは大事だし、それがうまくいけば良い。でも、そうでないなら考えてそれぞれが状況に応じた判断をしなきゃいけない。東京ではたくさん試合に出てきたし、経験を還元して伝えていかないといけない。それは口だけじゃなくてプレーでも。だけど、それも一緒にプレーしてこそだと思う。少しはそれを示せたと思う」
この勝利をきっかけにチームは3連勝を飾り、ホーム味の素スタジアムに帰還する。周りも東に生かされるように、試合を重ねるごとにパフォーマンスを上げてきた。ここ数シーズン、否定的な言葉や、多くの批判を浴びることも少なくなかった。それでも、背番号10が青赤に必要だということを自ら証明して見せた。ファン・サポーターのことはずっと仲間だと思ってきた。だから──。
「批判的な言葉は別に気にしていない。それもサッカーの一部だから、全然思ったことは口にしてほしい。逆に良くないプレーをしていて褒められるのは気持ち悪いし、色々な意見があって良い。それに左右されることなんて1ミリもない。応援してくれる人は本当にうれしいし、ありがたい。かといってマイナスな意見をどうこう思わない」
東は「そんなことより最近すごいよね」と言って、話を次へと移した。
「ファン・サポーターもまとまってきたよね。気合も入っているし、それは選手にも伝わっている。ああいう後押しをアウェイでもやってくれるから心強い。みんながそれに応えようと熱いプレーも増えている。やっぱりお互いが戦っている感じがして、そういうのがやっぱり良いよね。本来1位になるためにやらなきゃいけない。極論だけど、1位になる可能性が1パーセントでもあるなら戦わないといけない。そのために一つひとつの試合がある。もうそれしかない。ここから残り試合で自分たちが何を表現できるか。相手とか順位とか関係なく、常に目の前の試合が一番重要だと思ってみんなで臨まなければいけない」
理想の10番は──。東本人は、その答えはまだ出せずにいる。
「ロンドン五輪で10番を着けた時も結構聞かれたけど、正直分からないんだよね。純粋に10番ってカッコイイとは思うよ。テクニシャンやファンタジスタのイメージが強いけど、オレってやっぱりそれだけじゃなくて、戦ったり、試合が終わって泥まみれになっている。でも、最近はそんな泥だらけの10番もカッコイイなって思える。だから、そういう10番も良いんじゃないかな。周りの理想になれているのかは分からないけど、誇りや、プライドを持ってプレーはしているつもりだよ」
どんなに挫けそうになっても、背中の10に蓄えてきた誇りがいつも後ろからポンッと勇気を与えてくれた。その背中を押した奧原も「もう慶悟には信頼しかないですよ」と、目を細めた。2人のようにそうやって繋がり結ばれていくことでチームは強くなるのだろう。
「苦しい時に声を掛けてくれた奧原さんは男気があると思ったし、この人は信頼できる人なんだと本当に思ったんだよね。オレは本音以外、話したくない。だって意味ないもん、繕ったりカッコつけてもね。サッカーだけじゃなくて人生はそういうもんだなって」
善悪でも損得でもなく、美醜を指針に生きてきた。もがいて正直な気持ちをぶつけ、まだ見ぬ景色を追い求める。ここ数シーズンで、さらに男くささが漏れ出すように漂うようになった。
やっぱり東慶悟しか考えられない、青赤の10番が似合うのは──。
Text by 馬場康平(フリーライター)