青赤の夢

INTERVIEW2025.4.04

青赤の夢

2009シーズンを最後に現役生活に別れを告げた浅利悟は、味の素スタジアムで行われた引退セレモニーのスピーチの最後をこう締めくくった。

「現役生活は今シーズンで終わりになりますが、これからの僕の目標は、このFC東京を日本一、世界一のクラブにすることです。そのためにはみなさんの力が必要です。これからもFC東京を応援し続けてください。最後になりましたが、青赤のユニフォームと背番号7を着けてプレーしてきたことは僕にとって本当に誇りです。13年間、本当にありがとうございました」

あれから16年の月日が流れ、浅利はアカデミーダイレクターとして今もその夢を追いかけている。東京のアカデミーからはこれまで多くのプロ選手を輩出し、現在トップチームには15人の出身選手が所属する。浅利がめざす青赤の育成とは──


 Text by 馬場康平(フリーライター)


引退後、浅利は広報部や強化部でスカウトを歴任。2018年からは育成部としてU-15の統括を中心に選手育成に携わり、22年より現在のアカデミーダイレクターに就任した。アカデミー組織全体を統括していく立場として、浅利のめざす未来はこう映っているという。
「東京を勝たせられる選手をどれだけ輩出できるか。それが僕の想いです。J1リーグ優勝をめざす上で、アカデミー出身選手がそこに半数以上在籍している。スタメンをアカデミー出身が半数以上占め、勝点を奪えるクラブになっていってほしい」。

それをかなえるために今、子どもたちとどう向き合っているのか。それは「個を育てる」だという。

「自分の立場からは、個を育てようと強く言っています。勝手な言い分かもしれませんが、個が大きくなればチームも勝つ。言うことは簡単だけど、あえて言葉にして人にフォーカスして育てていく。今試合に出ていない選手でも例えば最大値が5の選手を10や、20にしていく1年にしてほしいとスタッフには話してきました。U-15からU-18に昇格できなくても、アカデミーからトップチームにつながらなくても、次のステージで力強く輝ける選手になってほしい。チーム単位で勝つのではなく、人を育てようと口酸っぱく言ってきましたし、我々のスタッフはみんながその意識で取り組んでいます」。

その想いを汲み、FC東京U-18の監督として選手たちと向き合う佐藤由紀彦も現役時代に青赤のユニフォームを着てプレーした一人だ。就任2シーズン目の指揮官として佐藤は個を輝かせることに取り組む。

「サッカー理解を深めるなかで、タレントの出力が最大のテーマになります。個がチームを助ける。個の成長によってチームも並行して成長すれば、勝つ確率も高まる。そう選手には年始のミーティングで伝えました」。

さらに、青赤を着てトップチームで活躍したいと思う彼らには「人間形成においてたくましい男になってほしい」と伝えているという。

「プロの定義は人それぞれで、代表に入ること、海外移籍すること、Jリーグで300試合出場することかもしれない。そのキャリアを経てセカンドキャリアを迎えた時に何も武器がないという人間にはなってほしくない。それが一番のメッセージです。プロサッカー選手としてキャリアを築くこともそうですし、そこで人脈を作り、記憶に残ることで新たな世界に飛び込んでいく。でも、どの道を辿ったとしても誰かが助けてくれないといけない。そうした縁を作ってセカンドキャリアでも躍動してほしいという願いがある。先輩や大人に好かれる。この人材難のなかで、どの世界でも採用したいと思わせる人間になっていってほしい。我々はその逆算で彼らと接している。たかが、あいさつかもしれない。でも、そのあいさつ一つでも好かれるし、かわいいと思ってもらえる。そういう選手を育んでいきたいです」。

そして、彼らが戦う育成年代最高峰の舞台である『高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2025』が明日4月5日に開幕を迎える。彼らが日々汗を流す東京ガス武蔵野苑多目的グランドで青森山田高校との一戦を皮切りに全22試合を戦う。今シーズンからは東京ヴェルディユースも参戦し、育成年代でも負けられない戦いが復活。佐藤もそれを「最高ですよ」と歓迎する。

「クラブユースの選手は、全国高校サッカー選手権の5万人の国立を経験しないまま、トップチームに昇格していきます。東京V戦ではそうしたエモーショナルな時間を自ずと体験できる。彼らにも我々にとっても幸せな状況になりました。エモーショナルに戦っても東京Vの選手たちはそれを剥がしてくる。さらに、これで剥がされるのならと二手三手先を考えなければならない。選手自身も技術で通用しなければ、さらなる課題感も生まれる。ホーム、アウェーの2試合で成長スピードがグッと上がると思う。それを期待しています」。

佐藤ら育成年代のスタッフは個々の成長に焦点を当て、ピッチでは「ひたむきに、アグレッシブに」をテーマに掲げ、今シーズンを戦う。

「攻撃も守備も我々のスタイルもめざすところも、そこからの逆算になってくる。プレミアリーグに関しては、相手というよりも自分たちがその基準のなかで、どれぐらい出せるかの22試合になる。そこの基準はかなり高いところにおいています。そこからの逆算で選手と接していきたい。選手個々の能力はかなり高いので、その最大値以上に彼らを引き上げられるかになってくる。彼らのひたむきで、アグレッシブなところを見ていただきたいです」。

今シーズンはすでにトップチームでデビューを飾った尾谷ディヴァインチネドゥや北原槙といった、将来の青赤を担うタレントが揃う。そんなチームをキャプテンとして二階堂凛太郎がまとめる。

二階堂は、今シーズンのチームを「会話ができるコミュニケーション能力が高いチームだと思います」と話す。それぞれの個性を光らせながら、それをつなげる役割を担っていきたいという。

「チームとしてはプレミアリーグ優勝とクラブユース優勝を掲げている。結果も求められているので、そこはめざして頑張っている。自分のなかでは学年関係なくコミュニケーションをたくさんとって、全員が同じ方向を向けるようにしたい。一人ひとりが人間だから違う考えを持っている。誰かが他の方向を向いていると、試合に勝てなくなる。全員で勝利にベクトルを向けてやっていきたいと思っています」。

さらに、今シーズンのプレミアリーグでは、エポックメイキングな試合が開催されることとなった。それまで育成年代では使用されていなかった、トップチームのホームスタジアムである味の素スタジアムでの試合が4月19日に開催されるのだ。佐藤は「本当にクラブや、味の素スタジアム開催に関わった全ての人に感謝したいです。そこは選手にも強く伝えます」と言って感謝の想いをピッチで表現したいという

「クラブのスタッフが尽力してこういう状況が生まれた。彼ら選手はピッチで最大値を出すことが感謝の意を表すことになる。ストレートで昇格する選手も大学経由で帰ってくる選手にとっても、その感触を忘れることはないと思います。今まで在籍していた選手は一度も味わうことなく、現在にいたる選手もいる。我々も含めて幸せな環境を作ってくれたので、プレーで表現してほしいです」。

さらに、二階堂は「率直に驚いた」と言い、こう続けた。

「小さい頃から応援してきたし、家族で(試合を)観に行きましたし、やっぱり自分にとっては大切で、熱狂できる場所です。今まで感じたことのない緊張感や高揚感があって、とても興奮すると思います。それを良い方向に持っていって、みんなで気持ちを高くプレーしたい。佐藤監督からも簡単なことじゃないと言われました。色々な方の協力があったなかで実現したと思うので、一秒一秒を噛み締めながらプレーしたい」。

OB監督が未来の青赤を担う個性豊かな選手たちと味の素スタジアムで戦う。きっと夢を大きくする最高の舞台となるはずだ。それを実現にこぎつけた、浅利の夢はまだかなえられていない。

「アカデミー生が東京を勝たせたいとか、想いを強く持っている選手をトップチームに送り込みたい。アカデミーを応援してくれるファン・サポーターの方々もたくさんいますし、その人たちのためにも、個人を成長させてトップにつなげたい。そういう選手がトップチームを優勝させることにチャレンジしてほしい」。

彼らが発する言葉の端々には、東京が歩んだ歴史が浮かんでくる。強く愛されるクラブをめざして。その名のもとに泥くさくひたむきに戦ってきた選手たちが、次の世代の青赤を育てていく。

(文中敬称略)




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